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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2490号 判決

原告 佐藤仲吉

被告 東邦亜鉛株式会社

主文

原告と被告との間に昭和二十六年五月四日締結の原告を工員として期間の定めなく使用する旨の雇傭契約が存在することを確認する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文と同旨の判決を求める。

第二請求の原因

原告は、昭和二十六年五月四日被告会社に期間の定めなく工員として雇傭され、被告会社安中製錬所に勤務していたところ被告会社は昭和三十年三月十一日原告に対し、同月十日をもつて解雇する旨の意思表示をした。しかしながら、右解雇の意思表示は、次に述べるような理由により無効であるから、原告と被告会社との間には現に雇傭契約が存在するのにかかわらず、被告会社は、右解雇の意思表示を有効であると主張し、原告と被告会社との間の雇傭契約の存在を否定しているから、これが存在することの確認を求める。

一、本件解雇は、権利の濫用であり、無効である。

本件解雇は、原告が昭和二十八年十月三日被告会社安中製錬所従業員をもつて結成された同製錬所労働組合(以下単に新組合と略称する。)に加入しないことを理由になされたものであつて、正当な理由に基くものといえないから権利の濫用である。

二、本件解雇は、不当労働行為であり、無効である。

本件解雇は、原告が新組合結成前に被告会社安中製錬所従業員をもつて結成され、昭和三十一年一月二十日解散した同製錬所労働組合(以下単に旧組合と略称する。)の組合活動及び清算事務を行つた故をもつてなされたものであり、不当労働行為である。

三、被告会社と新組合との間に昭和三十年一月二十一日ユニオンショップ協定が締結されたことは知らないが、かりに、本件解雇が右ユニオンショップ協定による解雇であるとしても、本件解雇は、権利の濫用であり、無効である。

(一)  ユニオンショップ協定の効力は、協定締結当時被告会社の従業員であつた原告に及ばない。

けだし、憲法第二十八条及び労働組合法の規定する団結権の保障の下において労働組合は、その成立と存続を保障されるのであるが、他方個々の労働者は、労働組合に加入する自由及びその加入を妨げられないことの保障を有すると共に又加入せざるの自由を有する。従つてユニオンショップ協定の効力は団結の保障と個々の労働者の団結の自由ないし団結せざるの自由との調和換言すれば、労働組合の組織の強化と個々の労働者の勤労の権利ないし生存権との調和をはかるところに求められなければならない。さればユニオンショップ協定の効力は、当該企業内の労働者に及ぶものではなく、協定締結当時既に組合員である者及び将来雇傭される労働者に対してのみ及ぶものであつて、協定締結当時既に従業員たる地位を有する労働者で、その組合に属しない者に対しては及ばないと解すべきである。後に成立したユニオンショップ協定によつて、労働者が従業員として有する既得の地位を奪うことはできないからである。

(二)  ユニオンショップ協定の効力が協定締結当時既に従業員であつた労働者に及ぶとしても本件においては、新組合が不当に原告の新組合への加入を拒否したのであるから、被告会社は、ユニオンショップ協定によつて原告を解雇することはできない。

ユニオンショップ協定は、前記のとおり労働組合の組織の強化のための制度であり、その適用に当つては、個々の労働者の権利との抵触ないし調和を考慮しなければならないのであるから、ユニオンショップ協定の効力が未加入労働者に及ぶためには、当該労働組合に対する加入の自由が保障され、且つ労働者が自由意思によつて労働組合に加入しない場合でなければならない。もしも労働組合がユニオンショップ協定の締結を理由として、労働者の該組合に対する加入を不当に拒んだ場合にも、なおユニオンショップ協定の効力が及ぼとするならば、ユニオンショップ協定によつて前記の調和は全く破壊され、個々の労働者の勤労の権利は不当に侵害されることになるからである。本件においては、原告が所属していた旧組合は、昭和三十年一月二十日解散し、原告は、旧組合執行委員五名と共に右組合の清算委員会を構成し、その清算事務に当つていた。ところが新組合から同月二十八日被告会社との間にユニオンショップ協定が発効したので、新組合未加入者は同月三十一日午後一時までに加入届を提出すべき旨の情報宣伝がなされた。そこで原告は、右日時までに一般組合員と同様に新組合の規約、綱領、運動方針に賛同して加入する旨の加入届を提出した。しかるに新組合は、原告に対し、右加入届以外に旧組合の清算事務については債務者委員会の決定に従う旨の誓約書の提出を要求し、原告がこれを提出しなかつたため、原告の加入を拒んでいたのである。そして債務者委員会とは、旧組合解散前旧組合が合成化学産業労働組合連合会(以下単に合化労連と略称する。)より借受けて、各旧組合員に貸付けていた金員の返済について、その利息の免除を主張する組合員の団体であつて、新組合の機関ではないのであるから、かかる団体の決定に従うことを加入の条件として原告の加入を拒んだことは不当である。と述べた。

第三被告の答弁

一、原告の請求を棄却するとの判決を求める。

二、請求の原因中被告が原告をその主張のとおり雇傭し、被告会社安中製錬所において使用していたこと、被告会社が昭和三十年三月十一日原告に対し同月十日をもつて解雇する旨の意思表示をしたこと、原告主張の日に結成又は解散した新組合又は旧組合が存在したこと、原告が旧組合の組合活動及び清算事務を行つていたこと、原告が新組合に加入の申込をしたが拒絶されたことは認める。新組合が原告主張のような情報宣伝を行つたこと、原告が原告主張の日時に原告主張のような加入届を新組合に提出したこと、新組合が原告に対し原告主張のような誓約書の提出を要求したこと、及び債務者委員会に関する事項は知らない。その余の事実は否認する。

三、本件解雇は、次のような理由に基くものであつて、有効であるから、原告と被告会社との間に雇傭契約は存在しない。

昭和三十年一月二十一日被告会社と新組合との間に、被告会社の従業員は労働協約第一条第一項各号(乙第二号証)に掲げる者を除き組合員でなければならない旨のユニオンショップ協定が締結された。しかるに原告は、同項各号に掲げるユニオンショップ協定の除外者に該当しないにもかかわらず、右協定締結後相当期間を経ても新組合に加入しなかつたから、右協定の効力として、被告会社は、原告との間に雇傭関係を存続することが不可能となつたため、やむなく右協定に基き本件解雇の意思表示をしたのである。叙上のとおり本件解雇は、ユニオンショップ協定に基いてなされたものであつて、原告が旧組合の組合活動又は清算事務を行つたことを理由にしたものではない。元来ユニオンショップ協定の効力は、いわゆる未組織労働者全員に及ぶものであるから、協定締結当時既に従業員であつた原告にも及ぶものであり、又かりに新組合の原告に対する加入拒否が不当であつたとしても、かかることは被告会社の関知するところではないから、このことをもつてユニオンシヨツプ協定の効力を排除する理由とはなし難い。と述べた。

第四被告主張に対する原告の答弁

原告が協約(乙第二号証)第一条第一項各号に掲げる除外者に該当しないことは認めると述べた。

第五証拠〈省略〉

理由

原告がその主張のとおり昭和二十六年五月四日被告会社に雇傭され、被告会社安中製錬所に勤務していたところ、被告会社が昭和三十年三月十一日原告に対し、同月十日をもつて解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争ない。

原告は、右解雇の意思表示は無効であつて、原告と被告会社との間に右雇傭契約が存続すると主張するから、以下順次原告の各主張について判断する。

一、原告は、先ず本件解雇は、単に原告が新組合に加入しないことを理由になされたものであるから解雇権の濫用であると主張し、又は不当労働行為であつて無効であると主張する。しかしながら本件解雇は、後記認定のとおり、被告会社と新組合との間に締結されたユニオンシヨツプ協定に基きなされたものと認められるから、右主張は理由がない。

二、次に原告は、かりに本件解雇が被告会社と新組合との間に締結されたユニオンショップ協定に基くものであつても、本件解雇は解雇権の濫用であつて、無効であると主張し、被告は、ユニオンショップ協定に基き原告を解雇したのであるから、解雇権の濫用にならないと主張するので、この点を検討する。

被告会社安中製錬所には、当初原告の所属する旧組合が存在したが、旧組合は昭和三十年一月二十日解散したこと、旧組合の解散前たる昭和二十八年十月三日新組合が結成されたこと及び原告が新組合に加入していないことは当事者間に争がなく、この事実と証人小西康孝の証言により真正に成立したものと認められる乙第一及び第二号証並びに同証人の証言を綜合すれば、昭和三十年一月二十一日被告会社は新組合と労働協約を締結し、被告会社の従業員は労働協約第一条第一項各号に掲げる者(原告が同項各号に掲げる者に当らないことについては、当事者間に争ない。)を除き新組合の組合員でなければならない旨の協約が成立したので、この協約に基き新組合に加入しない原告に対して本件解雇の意思表示をしたことが認められる。

そして労働協約によつて従業員は組合の組合員でなければならないと定めた場合には、別段の協定のない限りいわゆるユニオンショップ約款と解すべきである。

ところでユニオンショップ協定が協定締結当時既に従業員たる地位を有する労働者にも及ぶかどうかについては問題であるけれども、少くともいづれの組合にも属しないいわゆる未組織労働者である場合には、これを積極に解するのが相当であるので本件解雇は、右の意味において一応有効のものといわなければならない。

しかしながら、使用者がユニオンショップ協定に基いて組合に加入しない労働者を解雇することによつて組合加入に協力することが不当労働行為を構成しないとされた所以のものは、個々の労働者の雇傭契約上の権利を犠牲にしても、組合の団結権を擁護しようという労組法の精神に基くものであるから、右協定に基く解雇が有効とされるのは、団結権の擁護のためになされたことを要するものというべきであり、従つてユニオンショップ協定による解雇と雖も実質上団結権の擁護に何等の関係を有しない解雇は、単にユニオンショップ協定に名を藉りるものであつて労組法の精神に反し、解雇権の濫用として許されないものと解するのが相当である。ところで労働者が組合の定める手続に従つて加入の申込をしたのにかかわらず、組合が正当の理由なくその申込を拒否し加入を承認しない場合には、その限度において組合自らユニオンショップ協定によつて担保される団結権を放棄していると見る外はないのであるから、この場合にも組合の団結権の擁護のために組合に加入しない労働者をユニオンショップ協定による解雇として有効なりとするは、それ自体悖理であり、法が認めたユニオンショップ協定による解雇の目的の範囲を逸脱しているというべきであつて、かかる解雇は法律の要求する正当性を欠き権利の濫用として許されないものと解すべきである。

この観点において本件を検討するに、証人関一男の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、同証人及び証人佐俣賢二の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、昭和二十一年一月被告会社安中製錬所従業員をもつて旧組合が結成され、原告は、旧組合執行委員の地位にあり、旧組合は、昭和二十八年八月諸要求を掲げて被告会社と団体交渉を行つたが、妥結するに至らず、同年十月十二日からストライキを敢行し、同年十二月三十日に至つて漸く争議が妥結したが、その過程において、同年十月三日新組合が結成され、右争議解決後は新組合による旧組合の切崩しが行われ、旧組合は、遂に昭和三十年一月二十日解散のやむなきに至つた。この解散に際し、新組合と旧組合との間に、原告外五名の旧組合執行委員を除くその余の旧組合員は直ちに新組合に加入し、原告等旧組合執行委員は、一時新組合の外にあつて清算委員会を構成して旧組合の残余財産の処分ないし債権債務の処理に当るという諒解が成立した。そして、旧組合は、前記争議中旧組合員の生活資金として合化労連より数百万円を借用してこれを旧組合員に貸付けていたのであるが、原告等清算委員は、右貸金の取立等に当つていた。このような状態において、新組合は、昭和三十年一月二十一日ユニオンショップ協定が締結されたにつきまだ新組合に加入していない労働協約上の資格者は同月三十一日午後一時までに新組合に加入の手続をとるように一般に告知した。そこで原告は、所定期日である三十一日午前中に新組合の規約綱領運動方針に賛同して加入する旨の他の一般組合員が用いたと同様の様式の加入届を新組合に提出して加入の申込をしたのであるが、他の一般組合員は、右と同様な加入届の提出によつて直ちに加入を認められまた新組合の規約には、新組合の規約綱領運動方針に賛成して加入を申込んだ者を拒むことができない旨の定があり、且つ原告は、新組合と被告会社間の労働協約上組合加入の資格を有する者であるのに拘らず新組合は、原告に対し、右加入届の外に清算委員会の決定に全面的に協力する旨の誓約書の提出を要求し、原告がこれを拒否したため、加入を認められない状態にあつたこと及び清算委員会とは、前記合化労連より旧組合を通じて争議中生活資金を借受けた旧組合員であつて当時新組合に加入している者の代表者が構成した団体に過ぎないもので新組合の機関ではなく、またその決定とは、右借用金の返済について利息の免除を主張する方針であることが認められる。右認定を左右すべき証拠はない。

而して労働組合は、自主的団体であるから組合が労働者につき組合の存立を否定する言動をなす等の理由により団結権又は団体秩序の維持に有害であり、または有害と認めるについて正当の事由を有するときはこれら労働者の加入を拒否することは是認さるべきであるが、かかる特段の事情について主張立証のない本件においては、前認定のような事情によつてなされた原告に対する新組合の加入拒否は、団結権又は団体秩序維持の目的と無関係であつて不当なものというべきである。既に原告に対する新組合の加入拒否が不当である限り、前説示したところにより、ユニオンショップ協定による本件解雇の意思表示は、権利の濫用として無効と解する外なく、従つて原告と被告会社との間には、原告主張の雇傭契約が存在するものと断定せざるを得ない。

それにも拘らず被告が右雇傭契約の存続を否定して争つていることは弁論の趣旨に照し明らかであるから、原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

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